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【あの一言】

「感染症との闘い」・組織の変遷
医療ガバナンス研究所理事長・上昌広
北里柴三郎先生などの主導で戦前に日本は感染症研究の先進国だった。彼らがなぜなったかといえば発注元が陸軍で兵隊のワクチンを作っていたから。今でも米国や中国がワクチン研究が盛んなのは軍隊があるから。軍隊と旧内務省、厚生省も警察庁も、もともと旧内務省で同じ。この2つが両輪となり感染症対策をやってきた。ところが内務省はGHQに解体され、厚生省は陸軍や海軍の軍人が帰ってきてやっているところ。国立病院というのは戦前ほぼすべてが軍の病院。国立国際医療研究センターは今回も中核だが、ここも、もともと陸軍病院。ある意味まったく同じような方々がやる。これらの病院は一般の臨床病院と異なり国策を遂行する。軍隊であれば富国強兵。保健所は昭和12年に健民健兵政策というのがあり、健康な民と強い兵隊を作るために内務省が47府県全部に作った。結核と国民の体力を強化する徴兵制度の仕組み。厚生省というのは戦争遂行のために分離して初代の大臣が木戸幸一。富国強兵するための両輪が軍隊と旧内務省。
2020/08/20 BS-TBS[報道1930]

医療ガバナンス研究所理事長・上昌広
今回でも政府・厚生労働省と感染研が決めて保健所に押し付けるような仕組みになっていて、患者目線はあまりない。ノウハウとか人事はそう簡単には変わるものではない。もうひとつ海軍というのは慈恵医大が仕切っていた薩摩。現在でも専門家会議に出てくる感染研の方々は慈恵医大出身者が多い。伝統はそんなに簡単に変わらない。それぞれの組織が内部固有の価値観を持っている。それを読み解かない限りはなかなか行動は変わらない。
2020/08/20 BS-TBS[報道1930]

番組アナウンサー
感染症に対応する最初の組織は、明治8年内務省に発足。地方の衛生行政を警察が担った。昭和12年保健所が誕生するが、地方の衛生行政を警察が担うやり方が続く。昭和13年中央に厚生省が設立された。結核の撲滅を1つの理由にして、陸軍主導で発足した。厚労省が保健所を監督する仕組みとなったのは戦後で、保健所は自治体の下に残る。明治32年、内務省の中に国立伝染病研究所ができ、戦後、厚生労働省の国立予防衛生研究所は国立感染症研究所となった。
2020/08/20 BS-TBS[報道1930]

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