北朝鮮は、ミサイルや核装備を堅持することで米国等西側諸国に睨みを利かせる一方、国内では言論・移動・西側情報へのアクセス等を徹底的に取り締まって恐怖政治を行っている。しかし、国連制裁に加えて折からのコロナ禍で経済的大打撃を受けていて、コロナ禍後の観光業活性化に大いに期待せざるを得ないためか、平壌(ピョンヤン)在住の一般市民とされるユーチューバーの動画を通じて、親しみやすい国を猛アピールしている。
2月5日付
『CNNニュース』(1980年開局)は、「アイスクリームや“ハリーポッター”を映す北朝鮮市民とされるユーチューバーの動画は虚像」と題して、直近で「ユーチューブ(2005年設立のオンライン動画共有プラットフォーム)」に投稿されている北朝鮮市民とされる女性らの動画は、実際の市民生活を表したものではなく、親しみやすい国を喧伝する意図で同国政府が作成に関わった作り話であると報じている。
ユミと名乗る若い北朝鮮女性のユーチューブ動画が物議を醸している。
4分間の動画の中で、彼女は冷蔵庫にあるポプシクル(アイスキャンディー、注1後記)を見せ、様々な味付けのものがある等、滑らかな英語で説明している。
彼女のユーチューブ・チャンネルは昨年6月に開設されていて、今回の動画は4万1千回以上も視聴されている。
しかし、韓国人権団体「北朝鮮人権問題データセンター(NKDB、2003年設立)」の朴聖鉄(パク・ソンチョル)研究員は、北朝鮮が監修に関わった“事前に良く準備された動画”だと指摘した。
何故なら、金正恩(キム・ジョンウン、39歳)独裁体制下で、数百万人が貧困に苦しんでいることから、動画で示された内容は同国市民の実態からかけ離れており、作り話としか考えられないからだとする。
北朝鮮では数十年間もの間、一般市民の言論・移動、更には西側諸国の情報へのアクセスが厳しく制限されている。
インターネットも然りで、一部の特権階級の人にしかスマートフォンの携帯が認められておらず、しかもアクセスできるのは厳しく検閲された政府運営のネットに限られている。
更に、外国製の本・映画等も保持・鑑賞が禁止されていて、これらの密輸品を闇市場で取得した人に対して厳罰が処せられている。
従って、一般市民とされる上記ユーチューバーが、欧米製の氷菓等を所持していること自体、全く想像できないことである。
韓国・東国大学(トングク、1906年設立の私立大)北朝鮮問題研究の河勝熙(ハ・ソンヒ)教授は、“一般市民が、外の世界と繋がることなど不可能なことだ”と指摘している。
しかし、ユミに加えて、宋A(ソン)と名乗る11歳の少女も昨年4月、ユーチューブ・チャンネルを開設して、素晴らしいベッド・カーテン等のある子供部屋で、英国のファンタジー小説「ハリーポッター・シリーズ」を何冊も読んでいる姿を投稿している。
更に同少女は、ウォーターパークや科学技術展覧会等を訪問している映像も流し、流暢なクイーンズイングリッシュで説明を加えている。
ユミの動画にも、遊園地で遊ぶ姿や、映画鑑賞、またジムで運動する姿が映し出されている。
これら全てについて、NKDBの朴研究員は100%虚像だとは言わないが、多くが一般市民の生活からかけ離れたものだと強調した。
すなわち、“上記のような事ができるのは、ごく限られた政府上層部の人や家族に限られている”とした上で、“北朝鮮は電力不足で、しばしば停電が起こり、遊園地等を常時運営することなど不可能であるから、当該施設に何度も足を運ぶことなど不可能であるからだ”という。
米中央情報局(CIA)作成の「CIAワールドファクトブック(注2後記)2019年版」によると、北朝鮮では全人口の約26%しか電力が供給されていないとする。
2011年と2014年に発生した大停電についても、衛星通信画像で確認されていて、眩いばかりのネオンを発する隣国の中国・韓国との違いは顕著で、北朝鮮は海と同様暗闇の中に沈んでいたという。
従って、朴研究員は、これらのユーチューブ動画は、“北朝鮮が、平壌が他国の都市と変わらない「普通の都市」だと訴えるためのプロパガンダだ”と評した。
それは、中国のミニブログサイト新浪微博(ウェイボー、2009年開始)や動画共有サイト哔哩哔哩(ビリビリ、2013年開始)に開設されている北朝鮮SNSからも明らかで、“親しみやすさ”という新たなプロパガンダを喧伝するものだとする。
東国大学の河教授も、“コロナ禍で更に経済的に困窮した北朝鮮としては、コロナ禍後に国境が開放されたときに備えて、貴重な収入源となる観光業を活発化させるため、「安全な国」を強くアピールしようとしている”と分析している。
すなわち、彼女らのユーチューブは、世界の多くの人に視聴してもらうことを意図しており、ユミは“オリビア・ナターシャ”と、また宋Aは“サリー・パークス”とも名乗っている。
(注1)ポプシクル:1924年に米国で販売開始されたアイスクリーム(アイスキャンディーは和製英語)。米・カナダ等では特に有名で、商品名が一般名称となっている。
(注2)CIAワールドファクトブック:世界各国に関する情報を年鑑形式でまとめた年次刊行物。この書籍は、米連邦政府官僚に供するため作成されていて、世界中のあわせて268の国家・属領・その他の地域について、人口統計・地理・通信・政治・経済・軍事に関し、2、3ページの要約を提供している。
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