数週間前までは、お互い全く見知らぬ者同士であったが、2人が各々、別目的で米国のDNA調査機関にDNA検査を依頼していた時に、2人のDNA検査結果から、同じ父親を持つことが明らかになった。
父親の名前は、ビル・ヘンダーソンで第2次世界大戦中、ノルマンディーに動員されたが戦後、復員し米国で結婚して家族を持ち、1997年にロスアンゼルスで死去している。なお、ヘンダーソン氏は、仏に自分の子供がいることは知らなかった。...
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数週間前までは、お互い全く見知らぬ者同士であったが、2人が各々、別目的で米国のDNA調査機関にDNA検査を依頼していた時に、2人のDNA検査結果から、同じ父親を持つことが明らかになった。
父親の名前は、ビル・ヘンダーソンで第2次世界大戦中、ノルマンディーに動員されたが戦後、復員し米国で結婚して家族を持ち、1997年にロスアンゼルスで死去している。なお、ヘンダーソン氏は、仏に自分の子供がいることは知らなかった。
兄弟の1人、仏人の名前は、アンドレ・ガントワ氏で72才、現住所はムート・エ・モーゼル県(仏、北東部)、もう1人の米人の名前はアレン・ヘンダーソン氏で65才、現住所は南カロライナ州となっている。
アンドレ・ガントワ氏は15才の時、母親イレヌが死ぬ間際に、自分に米人、GIの父がいることを知らされ、その後、20才の時、パリのアメリカ大使館を訪ねて父親捜しを試みたが、取り合ってもらえなかった。
最近になって、ガントワ氏は、義理の娘が、DNAの調査を扱う米国の研究機関を紹介してくれたので、7月に唾液の採取したものをその研究機関に郵送して調査依頼した。 そのちょうど3週間前に、たまたまヘンダーソン家が、同じDNA調査機関に家族の系譜を調べるためDNAを提供していた。
以上の2つのDNA検査が同機関で同時期に行われるという偶然が重なり、仏と米の兄弟の発見に結び付いた。
歴史学者によると、仏でドイツ人を父親に持つ、第2次世界大戦での戦争孤児は、約20万人いたと言われているが、連合軍の兵士を父親に持つ、ガントワ氏のようなケースは、戦争孤児数などについては全く実態がつかめていないとのことである。
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