米国史上初めて、国内の3大ミスコンテストである「ミスUSA」「ミス・アメリカ」「ミス・ティーンエイジャーUSA」、そして「ミスユニバース」で、いずれも黒人女性が栄冠を手にした。
12月10日付米国
『ニューヨークタイムズ』は「黒人女性が美人コンテストを制覇」との見出しで以下のように報道している。
日曜、南アフリカ代表のゾジビニ・ツンジがミスユニバースで優勝し、今年の4大美人コンテストで史上初、黒人女性の総なめが決まった。美人コンテストは長い間美人の基準が古いとして批判されてきたため昨年、ミスアメリカ運営団体は、水着やイブニングガウン審査の廃止を発表。
美人コンテストに関する本の著者でもあるブラウン大学の客員教授は、美しさの基準が拡大し肌の色、体型、くせ毛も対象となっているとする。...
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12月10日付米国
『ニューヨークタイムズ』は「黒人女性が美人コンテストを制覇」との見出しで以下のように報道している。
日曜、南アフリカ代表のゾジビニ・ツンジがミスユニバースで優勝し、今年の4大美人コンテストで史上初、黒人女性の総なめが決まった。美人コンテストは長い間美人の基準が古いとして批判されてきたため昨年、ミスアメリカ運営団体は、水着やイブニングガウン審査の廃止を発表。
美人コンテストに関する本の著者でもあるブラウン大学の客員教授は、美しさの基準が拡大し肌の色、体型、くせ毛も対象となっているとする。
1968年にはこれはあり得ない事であった。アトランティックシティのミス会場周辺で女性がデモを行い、ガードル、ブラジャー、つけまつげを投げつけ、1921年の開始以来コンテストのファイナリストに黒人女性がいないことに抗議した。その後、美人コンテストは少しずつ変わっていき、イベントの目的自体が問われ始めた。黒人女性は企業や政治界でも圧倒的に少ないままだった。
同日付米国『CNN』は「ミスUSA、ミスアメリカ、ミスティーンUSA、そしてミスユニバースも全て黒人女性」との見出しで以下のように報道している。
史上初、最大ミスコンテストである「ミスUSA」、「ミスティーンUSA」、「ミスアメリカ」、そして「ミスユニーバス」全てで黒人女性が栄冠を手にした。歴史を知ればこれが大きなでき事であることが分かるだろう。
最初の美人コンテストは1920年代、有色女性は参加できなかった。全人種の参加が可能となってからも、黒人女性参加への抵抗や不満が存在していた。50年代後期になり、黒人女性がやっと増えだしたのである。
1977年最初のミスユニバースに選ばれた女性はジャネル・コミッション、1983年にはヴァネッサ・ウィリアムが黒人女性として初めてミスアメリカに選ばれた。今年ミスアメリカとなったチェスリー・クリストは、受刑者の権利擁護の活動に勤しむ女性弁護士である。
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