イギリスで先週5日に行われた統一地方選で、ロンドンの市長として初めてのイスラム教徒であるサディク・カーン氏が当選した。サディク・カーン氏は労働党から出馬し、保守党のゴールドスミス氏側からは、同氏がイスラム教徒であることから熾烈なネガティブ・キャンペーンが繰り広げられていた。カーン氏の父親はパキスタン出身の移民でバスの運転手であり、7人の子どもを育てている。他方与党である保守党の候補者ゴールドスミス氏は富豪の家の出であり、選挙は人種・宗教・資産などの観点からも注目が集まっていた。今回のカーン氏当選を各メディアは次のように報じている。
5月9日付
『ウォールストリート・ジャーナル』(米)はカーン氏の当選に、ロンドン市内のイスラム系市民のみならず、パキスタンも興奮の渦にあると報じる。7日に行われたロンドンのサウスワーク大聖堂での就任式での映像はパキスタン国内でも大々的にテレビ放映されたという。ただ、同紙は今回のパキスタンでのカーン氏当選の盛り上がりは、ただ単にカーン氏の父親がパキスタン出身で、カーン氏がイスラム教徒だからという理由だけではないとする。というのも、カーン氏の対立候補であったゴールドスミス氏はパキスタンの現首相であるナワーズ・シャリフ氏の最大のライバルと称されるイマン・カーン氏と元義理の兄弟の関係にあったためである。イマン・カーン氏は政党「パキスタン正義運動」の党首であり、ゴールドスミス氏の姉と9年間婚姻関係にあった。「パキスタン正義運動」は今年3月からゴールドスミス氏を「称賛に価し、強い信念と思いやりにあふれる人物」として支援の意を表明していた。そのためパキスタン国内では「パキスタン正義運動」か、ナワーズ・シャリフ現首相支持かという点も絡んで選挙が注目されていた。
ただ、今回のカーン氏の当選が決まると、世論が二分されるということはなく、マスメディアは概ねカーン氏の当選を素直に喜ぶ論調が目立つという。主要紙の一つ「ドーン」(夜明けの意)は「今回のカーン氏の当選を喜ぶとともに、ロンドンが世界の手本となるべきとのメッセージとも受け取れる」と報じる。また、パキスタンの主要新聞「ザ・ニュース」は「カーン氏がイスラム系かつ労働階級出身として困難に打ち勝った」と同氏の当選を褒めたたえている。
同日付
『ユーラシア・レビュー』(米)は今回の選挙で、カーン氏がイスラム系であることがかなり注目を集めているが、これは裏を返せば人々が宗教や人種に囚われてるかの表れだとする。同紙は、約800万人いるロンドン市民のうち300万人がいわゆる少数派民族であり、カーン氏が少数派民族の支持を集めたのならば、今回の選挙はロンドンが「開かれた」都市ではなく、「民族的に分裂した」都市とみることも可能とする。このことは、選挙戦が、カーン氏がイスラム教徒でありイスラム過激派と繋がりがあるとするネガティブ・キャンペーンにより過熱したことからも裏付けられる。
同紙は、世界中にいるイスラム教徒は居住する国への忠誠を過度に求められており、カーン氏も今後施政を通じて悪い噂を払拭する責務を負うだろうとする。
5月8日付
『USAトゥデイ』(米)は「ロンドンがイスラムに乗っ取られた」という過激な意見に対し、カーン氏はロンドン生まれのロンドン育ちであり、同性婚を支持し、カーン氏が打ち出している自由主義的な政策に対し、同氏自身がイスラム過激派から殺害の脅しを受け、自身もイスラム原理主義に反対の意を表明していると報じる。
同紙は併せてアメリカ国内のイスラム教に対する印象を調査したCBSニュースの調査結果を掲載している。これによると非常に好ましいが7%、ある程度好ましいが17%、あまり好ましくないが13%、非常に好ましくないが16%、分からないが48%となっている。好ましいの合計は24%、好ましくないの合計は29%で、両者が拮抗していることがわかる。
カーン氏の活躍が今後イスラム教徒に対する世界の目を変えることができるのか、注目が集まる。今回の選挙は前述の通り民族や宗教に注目が集まったが、今後はイギリスのEU離脱に注目が集まるといえよう。
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