ローマ法王庁(バチカン市国)は2018年、中国政府が任命した司教を事後承認することで合意し、1951年以来続いていた断交を解いた。しかし、信教の自由よりも中国政府の権力安定が優先するとする同政府は今年5月、香港国家安全維持法(2020年6月制定)違反容疑で香港カトリック教会名誉司教ら4人を逮捕した。かかる事態にも拘らず、フランシスコ第266代ローマ法王(85歳、2013年就任)が、今秋期限を迎える上記合意の更改を望むと発言したことから、複数の国際人権団体代表が一斉に非難している。
7月7日付
『CNA(カトリック通信社)』(2004年設立、本部コロラド州・デンバー)は、「人権擁護活動家ら、バチカン市国・中国政府間の契約更改に期待するとのフランシスコ法王発言を批判」と題して、人権蹂躙を厭わない中国政府との契約更改を望むとするフランシスコ法王の発言を、複数の国際人権団体代表が一斉に非難していると報じている。
人権擁護活動家らは一斉に、フランシスコ法王がバチカン市国・中国政府間契約が今秋に更改されることを望むと発言したことに猛反発している。
バチカン市国と中国政府が2018年9月に合意してから4年近くが経過しようとしているが、フランシスコ法王が今週、『ロイター通信』のインタビューに答えて、“契約更改は順調に進むと期待している”と発言していた。
これに対して、まずハドソン研究所(1961年設立の保守系シンクタンク)傘下の信教の自由センター代表のニーナ・シア氏(68歳、国際人権弁護士)は7月6日、『CNA』の取材に対して、2018年の当該契約以来、“中国共産党政府はカトリック地下教会を破壊し、愛国教会(政府認可)の教えを徹底しようと企んできている”と非難した。
“具体的には、当該契約の下、バチカン市国が認めていた6人の司教が拘束・逮捕・失踪しているにも拘らず、代わりに中国政府が任命した6人の新たな司教をローマ法王庁が承認するに至っている”と言及した。
更に、同氏は、“中国政府は、子供の教会への立ち入りや布教を禁じ、全ての教会が政府による厳正な監視下に置かれ、信者には中国共産党への忠誠を誓わせる等、信教の自由など全く認めていない”とも糾弾した。
また、国境なき女性の権利擁護団体(中国の一人っ子政策に伴う女性の人権蹂躙問題を契機に設立)のレジー・リトルジョン代表(人権弁護士)も『CNA』のインタビューに答えて、“当該契約の成立以降、中国におけるキリスト教は悪化の状態から最悪の状態に陥っている”と批判した。
“当該契約の内容が非公開であることを利用して、中国政府が敬虔な中国人キリスト教信者を好き勝手に押さえつけてきている”とも強調した。
同代表は、当該契約成立以来、バチカン市国に契約内容詳細を公開するよう訴えてきているが、フランシスコ法王は、“外交は「アート・オブ・ザ・ポシブル(注後記)」であり、現実的な対応をしていくことが肝要だ”とコメントしていた。
これに対して同代表は、“法王は、悪魔のような対応をしている中国政府との外交で、どのように現実的な成果が得られると考えるのか”と疑問を呈し、“ローマ法王庁は中国地下教会をもっと精力的に支援し、(中国政府が犯している)人権問題についてもっと厳しく対応すべきだ”と強硬に反論している。
なお、中国政府は今年3月以降、省政府教務部の事前許可なしの信教活動を一切禁止している。
更に、中国政府は、昨年5月に香港国家安全維持法違反容疑で逮捕した陳日君香港カトリック教会名誉司教(チェン・ジーチュン、90歳)ら4人について、今年9月に非公開裁判にかける意向である。
(注)アート・オブ・ザ・ポシブル:ドイツの政治家ビスマルク(1815~1898年)の言葉「Politics is the art of the possible.」に由来しており、政治の現実主義を意味する言葉で、「現状から最善の結果を得るために、不可能な理想を追わずに(不可能な目標を設定せずに)、現実に実行できることを実行する技術」という意味。
閉じる
ローマ教皇庁は4月11日、フランシスコ教皇(85歳、2013年就任)が今年9月、カザフスタン(1991年旧ソ連より独立)で開催される「世界伝統的宗教指導者会議(CLWTR、注1後記)」に出席し、そこで長年緊張関係にあったロシア正教会(モスクワ総主教庁、注2後記)トップのキリル1世(75歳、2009年就任)と直接会談することになったと発表した。
4月12日付米
『カトリック教通信』(CNA、2004年設立、本部コロラド州デンバー)は、「フランシスコ教皇、9月にカザフスタン訪問」と題して、カザフスタンで今年9月に開催されるCLWTRに出席し、そこでキリル1世モスクワ総主教と直接会談すると報じている。
ローマ教皇庁は4月11日、フランシスコ教皇が今年9月にカザフスタンを訪問すると発表した。
9月14~15日に首都ヌルスルタンで開催される第7回CLWTRに出席するもので、カザフスタンのカシム-ジョマルト・トカエフ第2代大統領(68歳、2019年就任)が、4月11日に同教皇とテレビ会議を行った後に公表していた。
同教皇庁のマッテオ・ブルーニ報道官(45歳、2019年就任)は、“4月11日朝の同大統領とのテレビ会議において、教皇がカザフスタンを訪問することが決まった”と追認した。
更に、CLWTR出席に当たって、同教皇とキリル1世モスクワ総主教との会談を設定することがカザフスタン側に求められている。
同総主教は、ロシアのウクライナ軍事侵攻(ロシアは特別軍事作戦と呼称)を支持すると公表している。
仮に直接会談が実現すると、両トップとして2度目の会談となるが、『ロイター通信』報道によると、両トップの会談は、双方が6月にレバノンを訪問する際に実現する可能性があるという。
同教皇のカザフスタン訪問は、新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題発生前から準備が進められていて、駐バチカン市国カザフスタン大使が2020年、翌年開催予定とされた第7回CLWTRに出席する可能性が“非常に高い”と発言していた。
COVID-19感染問題で、当該会議が今年に順延されたが、同教皇は元々の計画に沿って今年の会議に出席する運びとなったものである。
カザフスタンは130余りの民族、18もの宗教を抱える多文化社会であるが、その中でイスラム教(スンニ派)が最大(約70%)で、次いでキリスト教(約26%、うちロシア正教約20%)である。
かかる状況下、フランシスコ教皇は2019年、ウクライナ・ギリシア・カトリック教会(正式にはウクライナ東方カトリック教会、1596年設立)の信徒が1万人に達したことから、カラガンダ(首都南東部)にビザンチン・カトリック教会の管理教区を設置することを認めている。
なお、同教皇庁によれば、同教皇は6月にレバノンを訪問した後、7月2~5日にコンゴ民主共和国(中部アフリカ、1960年ベルギーから独立、元ザイール共和国)、7月5~7日に南スーダン(東アフリカ、2011年に東隣りスーダンから分離独立)を訪問する予定である。
一方、同日付アラブ首長国連邦『ザ・ナショナル』紙(2008年発刊の英字紙)は、「フランシスコ教皇、今夏にエルサレムでロシア正教総主教と会談」と題して、同教皇が今年6月にイスラエルのエルサレム(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖市)を訪問した際、モスクワ総主教と会談する予定だと報じた。
『ロイター通信』の4月11日付報道によると、フランシスコ教皇が今年6月にエルサレムを訪問し、その際にロシア正教トップのキリル1世モスクワ総主教と直接会談する予定だとする。
ローマ教皇とロシア正教総主教との会談が実現すれば、2016年にキューバで開催されて以来2度目となるが、そもそも2016年会談自体が、1054年の東西協会の分裂(注3後記)以来、双教会のトップの初の会談となっている。
しかし、同総主教は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻(ロシア流特別軍事作戦)を祝福しており、数多の正教会(1ヵ国に一つの教会を具えることが原則、ギリシア正教会・ルーマニア正教会・ブルガリア正教会・ジョージア正教会・日本正教会等)と大きく異なる対応となり、正教会内の分裂を引き起こしている。
なお、匿名条件の情報提供者によると、同教皇は6月12~13日にレバノンを訪問した後、6月14日にヨルダン首都アンマン経由エルサレムにヘリコプターで移動し、キリル1世と会談した後にローマにとんぼ返りする予定であるという。
(注1)ロシア正教会:1448年独立宣言、1589年承認されたロシアのキリスト正教。長らく、ローマ・カトリック教会とは緊張関係にある。なお、2022年4月、ロシアのウクライナ軍事侵攻について「あなたはロシアの戦士です。あなたの義務は、ウクライナの民族主義者から祖国を守ることです。あなたの仕事はウクライナ国民を地球上から一掃することです。あなたの敵は人間の魂に罪深いダメージを与えるイデオロギーです。」という免罪符を発行している。
(注2)CLWTR:2003年、カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領(1991~2019年在任、現81歳)が主導して立ち上げ。3年に一度開催。この会議は、諸宗教・文明間のグローバルな対話が開始され、さまざまな国や社会における相互理解と尊重を促進するうえで、大きな役割を果たしている。なお、2021年が開催年だった第7回会議は、COVID-19感染問題で1年延期されている。
(注3)東西教会の分裂:キリスト教教会が、ローマ教皇を首長とするカトリック教会(西方教会)と、東方の正教会(ギリシア正教他)とに二分されたことをいう。「ローマ教皇とコンスタンティノープル総主教の相互破門」と言われる事件を契機とする。この東西教会の分裂は、多くのシスマ(分裂)の中でも史上最大規模だったことから、大シスマとも呼ばれる。
閉じる